東京地方裁判所 昭和54年(ワ)11139号 判決 1986年8月29日
第1事件原告
のむら産業株式会社
第2事件原告
のむら産業株式会社
第1事件被告
熊田陽之朗
第2事件被告
熊田陽之朗
主文
1 被告が、特許番号第971036号の特許権に基づき、原告に対し別紙物件目録(1)(2)記載の各装置を製造販売することの差止めを求める権利を有しないことを確認する。
2 被告は、原告が別紙物件目録(1)(2)記載の各装置を販売することが特許番号第971036号の特許権を侵害する旨を原告の取引先その他の第三者に対し、陣述又は流布してはならない。
3 被告の第2事件の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、第1事件及び第2事件を通じて、参加によつて生じた部分は補助参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
(第1事件)
1 請求の趣旨
1 主文第1及び第2項と同旨。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(第2事件)
3 請求の趣旨
1 原告は、別紙物件目録(1)(2)の各装置を製造し、譲渡し、貸し渡し、又は譲渡若しくは貸渡のために展示してはならない。
2 原告は、その本店、営業所及び工場に存する前項記載の各装置及びその半製品(前項記載の装置の構成を具備しているが、未だ製品として完成に至らないもの)を廃棄し、同装置の製造に必要な金型を廃棄せよ。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
4 仮執行宣言
4 請求の趣旨に対する答弁
1 被告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第2当事者の主張
(第1事件)
1 請求原因
1 被告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有する。
発明の名称 米粒水分添加方法
出願日 昭和49年7月5日
出願公告日 昭和53年6月27日
登録日 昭和54年8月31日
登録番号 第971036号
2 原告は、別紙物件目録(1)(2)の各装置(以下「原告装置」という。)を製造販売している。
3 被告は、原告が製造した原告装置の販売先である訴外日穀食品株式会社外多数の者に対し、昭和54年10月1日付け書面で、原告装置の使用等が本件特許権の侵害であるとして、右装置の使用の中止と装置の除却等を要求する旨の警告をした。
4 よつて、原告は、被告に対し、主文第1及び第2項記載のとおりの判決を求める。
2 請求原因に対する認否
請求原因1ないし3の事実は認める。
3 抗弁
1 原告装置における米粒水分添加方法は、以下に述べるとおり、本件発明の技術的範囲に属する。
(1) 本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、別添特許公報の該当欄記載のとおりである。
(2) 本件発明の構成要件を分説すれば次のとおりである。
イ タンクに揚穀装置を付設して、タンクの下部から揚穀装置へ、揚穀装置からタンクの下部へと流れる米粒群の循環路を形成すること
ロ この循環路に米粒に直接水を噴霧する水分添加装置を設けること
ハ 米粒を循環させながら循環路中の水分添加装置の設けられた箇所で循環する米粒に連続的に水を噴霧すること
ニ 米粒の含水率の増加を毎時0.67パーセント以下とし、米粒の循環回数を毎時3回以上とすること
ホ 米粒水分添加方法であること
(3) 本件発明は、米粒が胴割れをせず、米温を上げることなく、簡単に含水率を上げることのできる水分添加方法を目的とし、その作用効果は、米粒のもつ性質を応用し、水分上昇率・水分添加回数を胴割れの大量発生限度内に制限することにより、効果的に目的が得られることに着目して在来の固定的観念を打破したものであり、在来に比して極めて簡単な装置で米粒の水分上昇が果たせることにある。
(4) 原告装置における米粒水分添加方法の構成を前記本件発明の構成要件に対応して列挙すると次のとおりである。
イ' タンクに揚穀装置を付設して、タンクの下部から揚穀装置へ、揚穀装置からタンクの上部へと流れる米粒群の循環路を形成したこと
ロ' 右循環路に米粒に直接水を噴霧する水分添加装置を設けたこと
ハ' 米粒を循環させながら循環路中の水分添加装置の設けられた箇所で循環する米粒に連続的に水を噴霧すること
ニ' 米粒の含水率の増加を毎時0.67パーセント以下とし、米粒の循環回数を毎時3回以上とすること
ホ' 米粒水分添加方法であること
(5) 原告装置の目的及び作用効果は、前記(3)と同一である。
(6) 原告装置における米粒水分添加方法と本件発明のそれとを対比すると、原告装置における米粒水分添加方法イ'ないしホ'は、本件発明の構成要件イないしホをそれぞれ充足する。また、原告装置における水分添加方法の目的及び作用効果は、本件発明のそれと同一である。
2 よつて、原告装置における米粒水分添加方法は、本件発明の技術的範囲に属し、かつ原告装置は右米粒水分添加方法の実施にのみ使用される装置であつて、本件特許権を侵害するものとみなされるから、被告は、本件特許権に基づき、原告装置の製造販売の差止めを求める権利を有する。
4 抗弁に対する認否及び原告の主張
1 認否
(1) 抗弁1(1)(2)は認める。
(2) 同(3)は争う。なお、別添特許公報中に原告主張のとおりの記載があることは認める。
(3) 同(4)のうち、ホ'を認め、その余は否認する。
(4) 同(5)は否認する。
(5) 同(6)のうち、原告装置における米粒水分添加方法の構成ホ'が本件発明の構成要件ホを充足することは認め、その余は否認する。
(6) 同(7)は争う。
(7) 抗弁2は争う。
2 原告の主張
(1) 基本的技術思想の相違
米粒に水分を添加するための技術思想には、原理を異にする3つの方法がある。
(1) 米粒に直接水分を添加する方法
本件発明の特許公報の1欄36行目に公知の技術思想として表現されている方法である。
(2) ボイラーで発生せしめた水蒸気を米粒にかけて水分を添加する方法
本件発明の特許公報3欄17ないし21行に公知の技術思想として表現されている方法である。
(3) 高含湿空気を充満させた容器内に大量の玄米を入れて一定時間放置し、自然的な平衡水分の移動により米粒の含水率を増加させる方法
これはデンマークサイロ方式と呼ばれ、特公昭48-5911に示された技術思想である。
本件発明は、右(1)の技術思想の延長線上にあるものである。これに対し、原告装置における米粒水分添加方法は、右(3)の技術思想を発展せしめた方法であつて、米粒の胴割れと食味の低下を防止し、全時間中、単なる湿度の高い空気ではない軽微小水粒を含むエアロゾルをしてタンク内米粒層を強制的に通過せしめ、常時動いている米粒の表面にエアロゾルを接せしめて4ないし8時間という画期的に短時間で米粒の含水率の増加を可能としたものである。
このように、本件発明と原告装置における米粒水分率添加方法とは、その基本的技術思想を全く異にするものである。
(2) 原告装置には、本件発明の構成要件イの「揚穀装置」及び「循環路」が存在しない。
本件発明にとつてタンクに揚穀装置を付設するのは、タンクの下部から揚穀装置へ、揚穀装置からのタンクの上部へと流れる米粒群の循環路を形成することにあり、この循環路は本件発明がその作用効果を達成するために必要不可欠な構成要件である。本件発明では、「米粒の循環回数が毎時3回以上」と特許請求の範囲で厳密に特定されているために、米粒が規則的な循環路を離れたり、循環路中で移動する米粒群に混米乱動があつてはならず、その循環回数を正確に規制できる「単位としての周期的な循環」でなければならない。
しかしながら、原告装置において、タンク内に儲けられたスクリユーは米粒をタンク内で概ね上下に移動させるものの、それは攪拌混合であり、米粒同志は混米乱動しているので、正確に毎時3回以上というように循環するものではない。したがつて、原告装置におけるスクリユーは、構成要件イにいう「揚穀装置」には該当しないし、原告装置における米粒水分添加方法には構成要件イにいう「米粒群の循環路」は存在しない。
(3) 原告装置には、構成要件ロの「米粒に直接水を噴霧する水分添加装置が存在しない。
構成要件ロでいう「直接」とは、「じかに」「自然のままの」の意味であるから、「米粒に直接水を噴霧する」というのは、循環路において規則正しくめぐりめぐつて移動してくる米粒に、じかに、自然のままの(加工していない)水を噴霧して米粒を濡らすことである。したがつて、水分添加装置から噴霧される水は、米粒の表層を濡らすことが可能な、付着性のある粒径の大きい微小水粒に限られ、付着性のない粒径の小さい軽微小水粒は含まれない。また、「水分添加装置」は、「水を噴霧する」というのであるから、空気の吹付けにより水を噴出孔(ノズル)から霧状に噴射する吹付け噴霧器の一種でなければならない。
原告装置においては、ネビライザーが超音波発振素子独特の作用であるキヤビテーシヨンによつて粒径の大きさが1ミクロン程度の軽微小水粒を生成し、これがエアロゾルとなつて送出管の先端からタンク内上部の内壁方向に送出され、この水の粒子中に衝突エネルギーのある大径の微小水粒があつてもタンク内上部内壁との衝突によつて除去される。そして、タンク内上部空間に充満した浮遊したエアロゾルがタンク下方の漏斗状部に設けられた複数の排風口からブロアーにより下方に吸引され、米粒層間を下方に通過する際米粒全体に水分を付与する。このように、原告装置における米粒に水分を添加する装置は、水をネビライザーにより一度エアロゾルに変え、このエアロゾルを活用して米粒全体へ間接的に水分を添加するものであつて、構成要件ロにいう「米粒に直接水を噴霧する水分添加装置」は存しない。
(4) 原告装置における米粒水分添加方法は、構成要件ハを充足しない。
(1) 本件発明は、構成要件ニで循環回数を毎時3回以上と限定しているが、これは同一米粒に「断続的」な噴霧すなわち分散噴霧をすることであり、このためには、循環する米粒の特定部分へ「循環路中の水分添加装置の設けられた箇所で」のみ噴霧を行わなければ分散噴霧にはならないし、ましてや同一米粒に毎時何回噴霧したという回数は全く不明で、回数を指定することは意味をなさないことになる。したがつて、構成要件ハの「箇所で」ということは、本件発明の最も重要な要素である。
原告装置においては、水分添加装置の一部である送出管の屈曲部先端から送出されたエアロゾルがいつたんタンク内上部空間へ放出されて浮遊充満せしめられ、タンク下部漏斗状部に設けられたブロアーによつて下方に吸引されるが、その間エアロゾルはタンク内米粒の上層から下層にかけて万遍なく各米粒に触れながら各米粒どうしの隙間を通過し、タンク内米粒全体に同時均一に水分を添加するものであつて、原告装置は「循環路中の水分添加装置の設けられた箇所で」水を噴霧するものではない。
(2) 本件発明における水分添加装置は、循環路に設けられたある特定の箇所において、めぐりめぐつてくる米粒に対し直接水を噴霧するものであること、被告が特許庁に提出した拒絶理由通知書に対する意見書には「本願発明では米粒をタンク内で循環させながら、この循環路中に設けた水分添加装置で米粒に連続的に水を噴霧する」と記載されていることを併せ考えると、循環路中の米粒に近い特定の箇所に設けられることが必要である。
原告装置においては、ネビライザーはタンク外側に、送出管はその先端から放出される水分がタンク内上部空間のタンク内壁に衝突するようにタンク内上部空間に突出して設けられ、いずれも米粒群の通過する循環路からはずれたところに設置されているから、原告装置における米粒水分添加方法は右要件を充足しない。
(3) 本件発明においては、「数秒」で必要量の水分が添加されることが必要であるが、原告装置における米粒水分添加方法は、前記のとおり常時水分を付与して加湿するものであるから、右要件を充足しない。
(5) 原告装置における米粒水分添加方法は、構成要件ニの「米粒の含水率の増加を毎時0.67パーセント以下とし、米粒の循環回数を毎時3回以上とした」との点も充足しない。
本件発明は、米粒の胴割れを生ずる過剰な水の添加を避けるために、所期量の水を、規則正しく回帰循環してくる米粒へ等しく所期の回数で分散付与するものである。
原告装置においては、米粒の水分増加は毎時0.3パーセント程度以下であるが、米粒はスクリユーによつて上下方向に混米乱動され、しかもタンク内全米粒に常時必要な水分を付与される全体水分添加方式であるから、局部水分添加方式を採る本件発明にとつてのみ意味のある正しい循環回数、分散噴霧回数というものはない。また、米粒が移送中に平均して拡散混合することと米粒が一定周期で循環することは全く別のことであるから、混米乱動を平均化した被告主張の「平均循環」(後記5 2)は、本件発明の定周期循環とは相違する。原告装置における米粒の循環回数は、2ないし2.5回である。
(6) 原告装置における加温装置は、必須不可欠なものであり、これを除いた装置と本件発明を比較することは無意味である。
原告装置で生成される軽微小水粒は、単に米粒に接しているだけでは容易に吸湿され難く、摂氏15度ないし22度あたりの温度範囲に穀温を上昇させると米粒に活性が付与され、胚芽呼吸による吸温が促進されること、また、タンク内温度を上昇させると放出されるエアロゾルが露結する危険を防止できることから、パネルヒーターに温水を送り温度調整を行つているものであつて、この加温装置は、原告装置にとつて必要不可欠なものであり、本件発明とは異なる技術思想に基づくものである。
5 原告の主張に対する被告及び被告補助参加人の反論
1 基本的技術思想に違いはない。
米粒に添加する従来の方法として、(a)米粒に直接水を添加する方法と、(b)ボイラーで発生した水蒸気を米粒にかけて加湿する方法との2つがあるところ、(a)方法では胴割れが発生しやすく、(b)方法では食味が劣化するという欠点があつた。原告装置における方法は、胴割れ防止のために米粒を循環させる原理に基づいており、(a)方法の欠点を解決した本件発明の改良方法ある。
2 原告装置においても平均循環路が達成されている。
本件発明では精密な循環性は要求されておらず、水分添加作業において添加むらを起こさず、実使用に耐える程度の循環性能を有していれば足りるところ、原告装置におけるスクリユーは米粒の上下の循環路を形成し、米粒は毎3回以上の割合で平均移動しており、混米乱動がごく微小にあつたとしても右規則性に影響はない。原告装置においては、タンク下部の米粒はスクリユーによつて上部に送られ、タンク上部の米粒は徐々に降下してタンク下部に達し、そして再びスクリユーによつて上昇させられるに至るのであるから、明らかに循環しているものであるし、また下方部が逆円錐状に形成された丸タンクが採用されて、むらなく循環させるような配慮も施されているから、原告装置においては、米粒群は粗循環ではなく、平均循環しているものである。原告作成の文書には循環回数が毎時4回と明記されており、このことからも原告装置においては平均循環していることが明らかである。仮に原告装置において攪拌や粗循環しか存在しないとすれば、循環回数を計測することができず、循環回数など明記できないはずである。
3 構成要件ロの「米粒に直接水を噴霧する水分添加装置」に関する原告の主張は、同構成要件を不当に限定解釈するものである。
(1) 右構成要件にいう「直接」とは、水(液体)をそのまま霧状にして米粒に噴霧する直接方式を意味している。本件発明は、在来方式であるボイラーで水(液体)をいつたん高温の水蒸気(気体)に変えて水分を添加する間接方式には、米温が上昇して食味が劣化し、また設備が大がかりになるという欠点があつたので、これを克服するため直接方式を採つたのであつて、原告主張のように「直接」を「じかに」と解釈したのでは、本件発明が意味不明となつてしまう。また、特許公報1欄36行の「米粒に直接水を添加すると米温を上昇する事は無いが」との記載における「直接」の意味を原告主張のように「じかに」と解釈すると、なぜ米温が上昇しないのか説明がつかなくなる。
原告装置においては、送出管から送出されるエアロゾルは、その一粒の大小及び空中浮遊状態の有無はともかく、それ自体としてみれば水蒸気(気体)ではなく、液体の水が霧状になつたもの、即ち自然状態の水にほかならないから、「直接」の要件を充足する。
右のとおり、「直接」の語には「じかに」の意味は含まれていないが、仮に「じかに」の意味が含まれているとしても、原告装置おいては、送出管から送出された水の粒子は、直後にタンク内上部の米粒群に降りかかつていき、米粒に水を当接しているから、米粒にじかに水を噴霧しているといえる。
(2) 原告は、噴霧された水の粒子が直ちに米粒表面に付着することが本件発明の要件であるとの前提に立つて、水の粒子を区分し、本件発明において利用されるのは、付着性のある大径の微小水粒のみであると限定的に解釈しているが、理由がない。噴霧とは、霧を噴きかけることであり、霧とは地上に浮遊する水滴が煙のように見えるもののことであるから、「噴霧」とは空気中に浮遊する水滴が煙のように見えるものを作つて噴きかけることであつて、その粒子の大きさによつて限定されない。原告装置の送出管の先端から送出され、タンク内上部空間に浮遊しているものは、まぎれもなく「空気中に浮遊する水滴が煙のように見えるもの」であり、「霧」以外の何物でもない。原告自身も自己作成の文書において「ネビライザーによる霧」と明確に「霧」と表現している。
(3) 原告装置におけるネビライザーは、水をいつたん水蒸気に変えたりすることなく、水に超音波を作成させて霧状にする装置であり、本件発明にいう「水分添加装置」に当たる。
4 構成要件ハの米粒水分添加方法に関する原告の主張も理由がない。
(1) 本件発明は局部水分添加方式を採つているか、原告装置における方法も局部水分添加方式である。すなわち、原告装置においてスクリユーを止めた場合には、ブロアーで吸引してもネビライザーから供給された霧は米粒層上面の米粒にのみ降りかかり、米粒層上面に位置した当初の含水率14.2パーセントの米粒が運転後僅か20分で16.5パーセントに上昇し、しかもその米粒は水に漬けたように表面が濡れていたのに対し、上面から55センチメートル下層の米粒はその水分が上昇しなかつたとの実験結果からも、原告装置はタンク内上部で局部的に水分添加を行い、スクリユーの回転によつてタンクの米粒を循環させることにより、米粒全体に均一に水分供給をなすように構成されていることが明らかである。
(2) 本件発明の要件である「この循環路に……水分添加装置を設け」とは、水分添加装置の本件そのものをタンク内あるいは米粒の循環路に設置するという意味ではなく、「循環路を通過する米粒に水分を噴霧することができるように水分添加装置を設ける」ということであり、このような構成である以上水分添加装置そのものがどこに設置されているか、水分添加装置の本件で発生した霧がどのような経過を経て米粒に噴霧されるかは全く問題ではない。
原告装置においては、タンク内のネビライザーで作られた霧は、送出管を経てタンク内に導かれ、米粒の循環路に水分が噴霧されるのであるから、右要件を充たすものである。
(3) 原告は、本件発明においては、「数秒」で必要量の水分が添加されることが必要であると主張するが、「1回当りの噴霧時間数秒」というのは、本件明細書における実験例説明にすぎず、特許請求の範囲の記載でも、本件発明の構成要件の一部でもない。しかも、この実験例でいう「数秒」とは、循環中の米粒が噴霧を供給される時間を指すのであり、その後米粒表面及び米粒間の空間に供給された水の粒子のうち、どれだけの量がどれだけの時間で米粒に付着し、あるいは米粒に浸透するかは、本件発明においては別段定められていない。
原告装置においても、スクリユーの上端からタンク上部内に流れ出た米粒は、そのときから該空間に充満している霧状水分に触れ、該霧状水分と共にタンクに堆積された米粒層の上に落下堆積するのであるから、米粒が噴霧を供給される時間は本件発明の実験例と同様数秒である。
5 原告作成のパンフレツトには循環回数が毎時4回であることが明記され、また実際測定結果においても循環回数が毎時3回以上(正確には毎時3.6125回)であることが実証されており、循環回数が2ないし2.5回であるとの原告主張は事実に反する。原告は、原告装置における含水率の増加が毎時0.3パーセント以下であることを自認しており、これが本件発明の要件である毎時0.67パーセント以下に含まれることは明らかである。したがつて、原告装置の使用は構成要件ニを充足している。
6 発芽活動に必要な水分は23ないし24パーセントであるが、原告装置における調質米の場合、米粒の含水率の最高値はたかだか15パーセント程度であり、発芽活動はありえない。
日本の場合、極寒地を除けば、殆どの季節は気温が摂氏15度以上であり、しかも原告装置を運転した場合、機械自体からの発熱効果もあるので、機械運転中にタンク内部の温度が摂氏15度以下になる場合は殆ど考えられない。したがつて、原告装置においては、何の温度制御もなしていないのと同様であり、パネルヒーターが取り付けられていることが、本件発明の構成と構成上格別の差異をきたすものではない。
(第2事件)
6 請求原因
1 第1事件の抗弁1と同一であるから、これを引用する。
2 よつて、被告は、原告に対し、原告装置の製造等の差止め並びに原告装置及びその製造に必要な金型等の廃棄を求める。
7 請求原因に対する認否及び原告の主張
第1事件の抗弁に対する認否及び原告の主張と同一であるから、これを引用する。
8 原告の主張に対する被告及び被告補助参加人の反論
第1事件の原告の主張に対する被告及び被告補助参加人の反論と同一であるから、これを引用する。
第3証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
1 被告が本件特許権を有すること、原告が原告装置を製造販売していること、及び被告が原告の取引先に対し原告装置の使用中止等を要求する旨の警告をしたことは、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告装置における米粒水分添加方法が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて判断する。
1 本件明細書の特許請求の範囲が別添特許公報の該当欄記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない特許請求の範囲の記載と成立に争いのない甲第2号証、乙第2号証(いずれも本件特許公報。別添特許公報と同じ。)によれば、本件発明の構成要件は次のとおりであることが認められる。
イ タンクに揚穀装置を付設して、タンクの下部から揚穀装置へ、揚穀装置からタンクの上部へと流れる米粒群の循環路を形成すること。
ロ この循環路に米粒に直接水を噴霧する水分添加装置を設けること。
ハ 米粒を循環させながら循環路中の水分添加装置の設けられた箇所で循環する米粒に連続的に水を噴霧すること。
ニ 米粒の含水率の増加を毎時0.67パーセント以下とし、米粒の循環回数を毎時3回以上とすること。
ホ 米粒水分添加方法であること。
2 原告装置における米粒水分添加方法が本件発明の構成要件ホを充足することは当事者間に争いがない。
3 次に、原告装置における米粒水分添加方法が本件発明の構成要件ハを充足するか否かを検討する。
構成要件ハは、循環する米粒に対し「循環路中の水分添加装置の設けられた箇所で」水を噴霧することとしているが、これは、循環する米粒が循環路中の噴霧器の設けられた箇所でのみ水の噴霧を受け、その循環路を循環回帰して、その箇所で再び水の噴霧を受けること、言い換えれば循環路を循環する米粒がその循環路の特定の箇所でのみ循環回数と同回数の分散噴霧を受けること、すなわち、原・被告のいう局部水分添加方式を採つているものと解される(この点については、原・被告とも特に争つていない。)。
一方、原告装置においては、タンク内に収容された穀類がスクリユーの回転によつてタンク下方のものが攪拌されながら上方に移動すること、超音波発振素子の振動により発生した軽微小水粒からなるエアロゾルが、タンク内上端近くに引き込まれた送出管の先端からタンク内中心に向つて水平方向で約45度斜め方向に放出されること、タンク内の空気がブロアーによりタンク下方の漏斗状部の複数の排風口から吸引されることは、当事者間に争いがない(別紙物件目録(1)(2))。また、成立に争いのない甲第21号証及び同第35号証によれば、スクリユーを作動させず米粒を攪拌しない状態で原告装置を運転した場合に、米粒層下部の米粒の含水率が0.5パーセント増加し、水分添加が生じていること、循環する米粒のほかに、タンクに固定された金網内に米粒を入れ、原告装置を通常運転した場合、循環しない金網内の米粒の含水率も0.3ないし0.6パーセント増加し、水分添加が生じていることが認められる。そして、これらの事実から、スクリユーを作動させて原告装置を運転するという通常の使用方法を取る場合には、米粒が攪拌されることによりエアロゾルの通路固定が防止され、エアロゾルがタンク内の全米粒に対し、よりいつそう万遍なくゆきわたる事実を推認することができる。
以上の点から、原告装置は、エアロゾルを強制的にタンク内の米粒間を通過させて、タンク内の米粒のほぼ全体に対し常時水分を添加しているものであつて、いわゆる全体水分添加方式であるということができ、循環する米粒にタンク内の特定の箇所でのみ水分を添加する。いわゆる局部水分添加方式を採る本件発明とは相違する。
もつとも、被告は、原告装置においてもタンク内上部で局部的に水分添加が行われており、スクリユーの回転によつてタンク内米粒を循環させることにより米粒全体に均一に水分の供給をするよう構成されている旨主張し、また、成立に争いのない乙第11号証によれば、原告装置においてスクリユーを作動させずに運転した場合、米粒層上面に位置した米粒の当初の含水率14.2パーセントが運転後20分で16.5パーセントに上昇し、しかもその米粒は水に漬けたように表面が濡れていたのに対し、上面から55センチメートル下層の米粒はその含水率が上昇しなかつたとの実験結果が存することが認められる。
しかしながら、右乙第11号証によれば、右実験における操作時間は、同号証の他の操作条件における操作時間が少なくとも1時間であるのに比べ、その3分の1の20分間であることが認められ、実験方法としては妥当を欠くものといわざるを得ない。したがつて、乙第11号証の実験結果から直ちに、被告主張のように、原告においてスクリユーを停止したまま同装置を運転した場合に米粒層下部の米粒に水分が供給されないと断定することはできないし、ましてや原告装置を通常運転した場合に米粒層上部の米粒にのみ水分が供給されているということはできない。他に、原告装置においてタンク内上部においてのみ水分添加が行われていることを認めるに足りる証拠はない。
4 右のとり、原告装置における米粒水分添加方法は、本件発明の構成要件ハを充足するものとは認められないから、本件発明の技術的範囲に属さないものである。
3 以上のとおりであるから、原告の第1事件の請求は理由があるのでこれを認容し、被告の第2事件の請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、94条後段を適用して、主文のとおり判決する。
(元木伸 安倉孝弘 一宮和夫)